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くらやみまちからの手紙

2026.10.2── 「キネマ旬報」 / 偶然が吉兆のように訪れたとき

2026.10.02

現在発売中の映画誌「キネマ旬報」10月号にて、映画『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』に関する、山戸結希の監督インタビューが掲載されています。

応答の一部を、引用いたします。 
出典:「キネマ旬報」2026年10月号 [2026.9.17]
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〈問5への応答〉
この世界に対し支配せんとするカット割りや演出の誘惑は誰しもに訪れると思うのですが、そもそも日本で映画を撮るということは、この世界の空間をお借りして撮るということ。それは予算的な状況も、もしかしたらアニミズムや八百万の神のような宗教観という意味でも。天気などは代表的ですが、スクリプトの外来から、偶然が吉兆のように訪れたときに、あくまでも現場のリソースと折り合いを付ける形で、実業として判断するしかないことの方が、監督として重く感じています。雨の中の撮影は俳優部や技術部への負荷が大きいため、セーフティラインを都度確認しながら、現場にいらっしゃった各部署の現実的な見極めと努力によって、結果的に、あの世界線を映画に残させていただけました。

〈問9への応答〉
人間は、性別や年齢は関係なく、ずっと強く健康でいられるわけではありません。それは心身共に。強靱な人がゾーンに突入して映画を撮るという、かつての意味での自由は失われるけれども、その不自由と引き換えに、多様な人が映画作りに参与できる可能性が開かれてゆきます。そちらの方が映画の未来にとって、本質的に自由なことなのだと信じています。

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▼特集「日本映画の監督が、いま…」

インタビュアーを務めてくださいました睡蓮みどりさんから、溢れ、注がれる真剣さに、鏡のように照らされることで、『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』というこの映画──ひいてはこの世界についての語りを、全力の真剣さで残させていただけたのだと感じています。どうか、読んでくださる方に、この真剣が届きますように。
鑑賞前/鑑賞後を問わず、ぜひ街中の書店にて、お手に取っていただけましたら、幸いです。

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other cut

hair make:反町雄一
styring:庄司洋介
thanks to:Kiko Kostadinov / AMOMENTO / BEAMS COUTURE
photo:「キネマ旬報」編集部

2026.10.1──  公開前夜に / 映画は

2026.10.01

映画『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』公開前夜にあたって、完成披露試写会でお話しさせていただきました、山戸結希の発言を、引用・全文掲載いたします。
これから映画をご覧くださる、たった一人のあなたへと向かって──

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「映画は、人が生きてゆくためにある」ということを、一緒に信じてくださる方と、映画制作をできる歓びを感じています。
力強い皆さんのおかげで、この秋、この作品は、日本中の映画館で上映されるチャンスをいただきました。
映画館というひとつの暗闇のもと、年齢も、性別も、職業も、全く異なる方たちが、その瞬間はスクリーンへと共鳴し、「この物語は自分に必要だったのかもしれない」と、それぞれの立場を超えて、心を重ねて感じていただけることが、そんな奇跡のようなチャンスが、映画芸術には許されていて、本作をご覧くださった方にとって、ああ、これは自分のための作品ではなかったな、「not for me」だな、と思わせてしまうのだとしたら、
すべて監督である自分の責任に他ならないと考えています。
それほどに、キャストスタッフのみなさんは情熱的に、この作品へと、全てを賭けて、心身を投じてくださいました。

お一人おひとりにとって、映画館を出た後の人生のために、この作品がありゆくことを、映画を観てくださった帰り道に、「ああ、今の自分には、この映画が必要だったのだ」と思っていただける未来を、願っています。

それこそが、志半ばで人生を終えられた、しかしこの世界に、確かなバトンを残された、遠藤和さんの命への最も誠実な応答になり得ると信じ、映画を撮影させていただきました。

お聴きくださり、どうも有り難うございました。ご覧くださる、お一人おひとりに、この映画を受け取っていただけることを、本当に倖せに思っています。

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映画『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』
2026年10月2日(金)全国ロードショー
https://www.mamaseka-movie.com/

2014.7.7── 君を得る

2026.09.28

初出:河出書房新社「文藝」 [2014.7.7]

所収:河出書房新社『十年後のこと』

https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309025193/

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 ──君を得(う)る

 私の指は三本で、それはやっぱり珍しいことなんだろう。君はそれでも優しい声で、「気にしなくて良いよ」と笑ってくれるけれど、触れ合うことすらままならない。ああ、せめてあと十年若ければ。まだくっついているところの指先を使って、君の前髪を挟み込むように動かせば、こそばゆそうに笑っている君の眼差しがある。私の不甲斐ない動作を、まっすぐに受け入れている。黒い髪、黒い眼が、劇場の暗闇へ溶けてゆく。

 初めて会った日も映画館だった。じりじりとまばたきを進めれば、肘置きの上の白い指、手首、肘、二の腕、首、顎、あなたの眼。けむりのように君の匂いがする。そのまま一回も目をそらさずに、あの日も笑って見せたのだった。今ここに向かって生きて来たのだとしか思えずに、このかた馴染まなかった世界との接合面ぴったりと、えぐり出された私の存在。君の目線に縁取られ、初めてはじける私の肉体。
 いつだって同じ静寂を持ち寄って、私たち光を浴びることが出来た、一時間半でした、君の白い横顔だけが、スクリーンを縁取っていた。何度も映画を観ましたね、一個一個を教えてくれた。細い顎に指を当てて。いつも遅れて来る。あの頃は君を、指折り数えて待つことだって出来たのだ。いま君と、触れ合うことすらままならない今日がある。

 いつだって私の耳に向かって話した。建築のちからも、彫刻の誠実も、絵画の色情も、音楽の情熱も、詩の果ても、写真の不和も。それらを前にした、いまや拍手さえもままならない私は、指を咥えて見ていたのだった。ひたすら丁寧に、教えてくれた、君と一緒に。安易な、あまりに安易かもしれない、問い、どうして私だったんだろう。世界の美しい部分を、君が切り取っているみたいって、いつでも私は思っていたの。私の指が三本だなんて、世界のきまりが、ここだけ綻んでしまっている。

 私の指の三本で、映画を撮るには困らない。それでも私は泣いてしまう。君の笑顔のあざやかに。私の映画を「良かった」と、黒い毛束が揺れる度、世界が瞬いてゆくようだ。客席の君がそうするだけで、怒号のような大喝采が響くのです。白く発光しているのは、カメラのフラッシュか、君の面影か分からない。

 だから毎回一本一本、ひきちぎられてゆくようだった。けれどもだんだん、ポークビッツみたいに飛んでゆくのが、おかしかったね。痛覚はどんどん鈍くなっていって、季節の中のいち行事として、惰性におとしこまれていった。それでもずっと、予感があった。
 それを避けるために、私たちは全力を尽くすべきだった。はらはらと呼吸が熱くなり、赤い血が吹き出るのを、生け贄の気持ちになって、お互いを捧げ合うことの高揚よ、裏返しの祝祭を生きていた。
 一年ずつ、一本ずつ、タイムリミットが来ていた十年だった。一本ずつ切り落とされた。最後の方は、こんなに悲しいのに、できるだけ悲しくない部分を持ち寄るように、ぼうっと君の頬を見つめながら。汗が、私の目にしか見えない形で、暗い影を、落とすのを、今直ぐぬぐってあげたかった、けれど。

 その日は雪ががんがん降って、嬉しいけれどもなす術がない皮膚感覚が支配する。ポーカーフェイスとでも言うべきなのか、思惑の伝わってこない表情で、私に触れて良いのか聞いたのでした。どうして許可制なのって笑ってしまった。どうして許可制だったの。数えきれないくらい触れてもらった方が良いに、決まっていたのに。たった一つの解答のようにも思えたし、大きく規範を違反しているかの、なぞる、最後のみちすじ。あなたは震えている?
 そうして冷たくなってゆく、切り落とされちまった分の指。誰かの体温に傷つくのは、後にも先にもこれが初めて。これで十本。これで十年だね。私に触れた君の指。
 建築も彫刻も絵画も音楽も詩も写真も、あんなに一緒に愛したけれど、作り出すことはできなかった。それでもなんとか映画を撮った。「第七芸術」であるところの映画を撮った私の指は、三本残った。
 そして君の指は、その実、もう一本もなくなってしまっている。何も、表現しなかったから。可能性が死ぬまでの時間、十年が経ったのた。

 私の指は三本で、それはやっぱり珍しいことなんだろう。君はそれでも優しい声で、「気にしなくて良いよ」と笑ってくれるけれど、触れ合うことすらままならない。ああ、せめてあと十年若ければ。本当に、ちがった?
 私の指は三本になって、あなたのために生きてあげられない。どうなったって、お別れのみが眼前にある。せっかく映画を撮ったのに!撮ったから?君の映画を撮りたかった。私の方が泣いてばかり。私の指を、引きちぎって君にゆずってあげたいよ。そう言うと、君が肩をふるわせて閉じたのだった。黒い髪、黒い眼、白い指、それらが、私の青春のすべてだったのだ。私の青春のすべてのために。いつだって私のために、何が出来るか、ひとつひとつを注いでくれた。私に触ることだけに、費やされた君の指。
 君の瞳は鳴り止まず、顎、首、二の腕、肘、手首、私はもう目をつむってしまう。映画が暗闇に溶け始める。いつかは君の鮮烈すら、私の日常に溶けてゆくのか。あなたの暖かい手の感触は、今でも私の指先にあります。今君が、この小説を読めているかも分かんない。たとえば風の気まぐれならば。ページに風は吹いていますか?
 私の指は三本で、私は映画を撮っています。過ぎ去りし日あなたの、何気無いひと撫でが、十年後、わたしのフィルムに有り得ない爆発を巻き起こす。
 君とはもう、触れ合うことすらままならず、あなたが作品を創造することも、もうない。
 それでも、楽器を弾けなくても、絵を描けなくても、あなた自身が芸術だから、生きていてほしい、あなたがスポットライトを浴びることは未来永劫無いけれど、十億光年を経て降り注ぐ光のもとで、輝いていてほしい。君の指の断面から、美しいままで静止した細胞が見える。

まちの映画監督

山戸結希 / YAMATO YUKI

山戸結希 / YAMATO YUKI

2012年、上智大学哲学科在学中に独学で監督した映画『あの娘が海辺で踊ってる』でデビュー。

2014年、映画『おとぎ話みたい』にて、日本映画プロフェッショナル大賞新人賞を受賞。

2016年、映画『溺れるナイフ』が60万人以上を動員し、20代女性の監督作品において前例のない興行記録となる。

2018年、初の企画・プロデュースを務めた映画『21世紀の女の子』──“ジェンダーあるいはセクシャリティがゆらいだ瞬間”をテーマとしたオムニバスが、東京国際映画祭にて特別上映。
翌年、監督を務めた『ホットギミック ガールミーツボーイ』と共に称賛され、TAMA映画賞最優秀新進監督賞を受賞。

2021年、初のテレビドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』のシリーズ構成と監督を務める。CX『セブンルール』にて、「新世代の映画監督 若手俳優が出演熱望する青春映画の名手」として特集される。2024年、NHKゴールデンタイムのドラマ『燕は戻ってこない』の演出を担当する。

これまでMrs. GREEN APPLE、RADWIMPS、backnumber、乃木坂46らMusic Video映像監督を務め、ジャンルを超えたみずみずしい映像表現に定評がある。

2026年10月2日、映画『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』が、全国ロードショーとなる。